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三宅久之さんの残した言葉【政治評論家】1930年1月10日~2012年11月15日

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「政治家がダメだって言うけども、選んだのはみなさんが選んだんですよ。政治家を見抜くのはなかなか難しいけども、やっぱり製造者責任っていうのもありますからね」 「私は政治家にむいてないと思っていた。電信柱にまで頭を下げるなど大衆迎合的になることには我慢ならない性質なので」 「子分になると、あなたに直言できなくなる」 (秘書官になることを誘われた際に) 「愛妻・納税・墓参り」 日本の政治評論家、コメンテーター。元毎日新聞記者。 座右の銘は「愛妻・納税・墓参り」。愛妻家であり、夫婦旅行のため番組を休むこともあった。平成期に渡部昇一などと1930年の昭和で最初の午年生まれの著名人の同級生会の昭和初午会を組織した。昭和一桁世代の三宅より1つ世代が上の大正世代の戦死した若い日本兵を尊敬している事から靖国神社によく参拝していた。2006年には金婚式を迎えた。 読売新聞グループ本社代表取締役会長の渡邉恒雄とは新聞記者時代からの友人だった。 何度か選挙出馬を持ちかけられたこともあったが、総て辞退している。出馬辞退については、晩年「私は政治家にむいてないと思っていた。電信柱にまで頭を下げるなど大衆迎合的になることには我慢ならない性質なので」と語っている。大臣の秘書官になることを誘われた時も、「子分になると、あなたに直言できなくなる」という理由から断っている。 威厳ある天皇像を望み、天皇が被災地で膝行したり、天皇が手を出す前に握手を求める者に天皇が応じることに否定的であり、そんな手は撥ね退けるべきと主張している。また、女性宮家の是非については、『たかじんのそこまで言って委員会のそこまで熱くなって委員会』や自身のFacebook等で一応賛成だが、女系天皇を認めることに対しては疑問を呈し、「伝統を失えば天皇制ではなくなり、男系を維持するべき」と云う考えを主張している。