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W.クレメントストーンさんの残した言葉【エイオン・コーポレーション】1902年5月4日~2002年9月3日

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「Whatever the mind of man can conceive and believe, it can achieve.」 (自分の心に想像し信じることができるものは、達成することができる。) 「Have the courage to say no.Have the courage to face the truth.Do the right thing because it is right.These are the magic keys to living your life with integrity.」 (Noと言える勇気を持ちなさい。真実を正視する勇気を持ちなさい。正しいことをしなさい。それは正しいのだから。これらは、あなたの人生を誠実に生きる魔法のカギです。) 「Truth will always be truth,regardless of lack of understanding, disbelief or ignorance.」 (あなたが理解していなかろうと、信じなかろうと、無視しようと、真実というものは常に真実なのです。) 「Definiteness of purpose is the starting point of all achievement.」 (目的が明確であることは、あらゆる偉業の出発点である。) 「Be careful the environment you choose for it will shape you;be careful the friends you choose for you will become like them.」 (環境選びは慎重にすること。なぜなら、環境はあなたを形づくるものだから。友達選びも慎重に。なぜなら、あなたはその人たちのようになるから。) 「Aim for the moon.If you miss, you may hit a star.」 (月をねらうんだよ。もしはずしても、きっと星にあたるよ。) 「Thinking will not overcome fear but action will. 」 (思考では恐怖を克服できないが、行動すればそれができる。) 「You affect your subconscious mind by verbal

シュガー・ラモスさんの残した言葉【殺人パンチャー】1941年12月2日~2017年9月3日

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「俺はリングに上がったら相手の頭をぶっ飛ばすことだけを考える。 もしオフクロがリングに上がって俺に向かってきたら、俺はオフクロをぶっ飛ばすだろう。」 キューバのプロボクサー。元WBAおよびWBC世界フェザー級王者。試合のダメージにより対戦相手が2人死去しており、「殺人パンチャー」と呼ばれた。 1957年10月5日、プロデビュー。 1958年11月8日、ホセ・ブランコと対戦し、8回KO勝ち。ブランコはこの試合が原因で11月9日に死去した。 1960年2月14日、21戦目でキューバフェザー級王座を獲得した。 キューバ革命により、妻子を残したままキューバを離れメキシコへ亡命。1961年4月22日からはメキシコを主戦場にするようになった。 1963年3月21日、43戦目でWBA・WBC世界フェザー級王者デビー・ムーアに挑戦し、10回TKO勝ちで世界王座を獲得した。ムーアはこの試合が原因で3月23日に死去した。 1964年3月1日、防衛戦で関光徳と対戦し、6回TKO勝ちで2度目の防衛に成功した。 1964年9月26日、4度目の防衛戦でビセンテ・サルディバルと対戦。11回終了時に棄権し、王座から陥落した。 1966年10月22日、階級を上げWBA・WBC世界ライト級王者カルロス・オルチスに挑戦し、5回TKO負け。1967年7月1日、オルチスと再戦するも、4回TKO負け。2階級制覇に失敗した。 1972年4月25日の試合を最後に引退した。

徳永徹さんの残した言葉【元国立予防衛生研究所所長】1927年9月15日~2018年9月3日

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「『初心忘るべからず』には三つの初心があり、三つ目が『老後の初心』。年老いても、老後ならではの芸を学ぶ初心があり、それを忘れずに精進を」 医学者、福岡女学院名誉院長。 東京生まれ。伝道者・徳永規矩の孫。弟は徳永恂。九州大学医学部卒業、1959年同大学院修了、医学博士。国立予防衛生研究所に勤務し、結核部長、細胞免疫部長、エイズセンター長、同研究所長を歴任し、定年退官。福岡女学院院長、同理事長、福岡女学院看護大学学長。福岡女学院名誉院長。

長谷川慶太郎さんの残した言葉【大局を読む】1927年11月29日~2019年9月3日

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「デフレ下で税収を確保しようとすれば直接税を軽くして間接税を強化しなければならない。所得税や法人税を減税して消費税率を上げていくということである」 「デフレ下で直接税中心の税制のままでは国の税収も減ってしまうのだ。デフレ下で税収を確保しようとすれば直接税を軽くして間接税を強化しなければならない」 「つまり、基本的にEVの部品はエンジン車に比べて3分の1に減ってしまう。これはエンジンとトランスミッション関係の部品を提供する企業はEVから弾かれるということだ」 「エンジン車は約3万点の部品で構成されている。そのうち2万点はエンジンとトランスミッションに関係したものだからEVには不要になる」 「核兵器の削減にも費用がかかるが、実は核兵器を維持することのほうがむしろ巨額の費用が必要なのである」 「私は既成政治や利権構造にウンザリしているアメリカ国民がトランプ氏を新大統領に押し上げるのではないかと予想している」 「シェール革命が進行したのはここ5年間のことだが、日本で5年前には誰も知らなかったシェールを最初に取り上げたのが私である。今やそれは一大産業になった」 「ソ連はつぶれた。私はソ連崩壊の6年前に共産党政権がつぶれるといったが、そう断言できた最大の理由は何十年もモデルチェンジしない生産現場を、自分の目で見て知っていたからである」 「いくら聞こえの良い立派な表現の主張をしたとしても、国力がなければ単なる雑音だ。これは本当に過酷なものである」 「外交は力対力のせめぎ合いである。力がなければ何をいっても通らない」 「言論の自由のない中国で画期的な新技術が生まれるはずがない」 「エコノミストは『軍事』という観点をしっかりと押さえていなければいけないのだが、それができている人が日本にはほとんどいない」 「軍事力は国政政治の要であるが、日本人は、この視点がまったく欠如している」 日本の経済評論家。主な評論の対象は時事の経済評論の他、国内政治評論、国際政治、国際経済、軍事関係等である。国際経済・政治評論に製鉄・金属加工の切り口からの分析を加えている。日本個人投資家協会理事長。

故人が残した名言集【9月3日】

長谷川慶太郎さんの残した言葉【大局を読む】1927年11月29日~2019年9月3日 「デフレ下で税収を確保しようとすれば直接税を軽くして間接税を強化しなければならない。所得税や法人税を減税して消費税率を上げていくということである」 「デフレ下で直接税中心の税制のままでは国の税収も減ってしまうのだ。デフレ下で税収を確保しようとすれば直接税を軽くして間接税を強化しなければならない」 「つまり、基本的にEVの部品はエンジン車に比べて3分の1に減ってしまう。これはエンジンとトランスミッション関係の部品を提供する企業はEVから弾かれるということだ」 「エンジン車は約3万点の部品で構成されている。そのうち2万点はエンジンとトランスミッションに関係したものだからEVには不要になる」 「核兵器の削減にも費用がかかるが、実は核兵器を維持することのほうがむしろ巨額の費用が必要なのである」 「私は既成政治や利権構造にウンザリしているアメリカ国民がトランプ氏を新大統領に押し上げるのではないかと予想している」 「シェール革命が進行したのはここ5年間のことだが、日本で5年前には誰も知らなかったシェールを最初に取り上げたのが私である。今やそれは一大産業になった」 「ソ連はつぶれた。私はソ連崩壊の6年前に共産党政権がつぶれるといったが、そう断言できた最大の理由は何十年もモデルチェンジしない生産現場を、自分の目で見て知っていたからである」 「いくら聞こえの良い立派な表現の主張をしたとしても、国力がなければ単なる雑音だ。これは本当に過酷なものである」 「外交は力対力のせめぎ合いである。力がなければ何をいっても通らない」 「言論の自由のない中国で画期的な新技術が生まれるはずがない」 「エコノミストは『軍事』という観点をしっかりと押さえていなければいけないのだが、それができている人が日本にはほとんどいない」 「軍事力は国政政治の要であるが、日本人は、この視点がまったく欠如している」 日本の経済評論家。主な評論の対象は時事の経済評論の他、国内政治評論、国際政治、国際経済、軍事関係等である。 国際経済・政治評論に製鉄・金属加工の切り口からの分析を加えている。日本個人投資家協会理事長。 徳永徹さんの残した言葉【元国立予防衛生研究所所長】1927年9月15日~2018年9月3