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斎藤茂太さんの残した言葉【モタさん】1916年3月21日~2006年11月20日

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「自分らしく生きられる場を探すのではなく、今、自分がいる場所で夢中になって生きてみましょう。そんな日々の積み重ねが、その人らしさを作っていくんだと思います。」 「世間からいくら拍手喝采をあびようとも、結局、自分らしく生きているという実感が得られなければ、何の意味もない。」 「悲観的になるのは、自分のことばかり考えているから。」 「『できること』が増えるより、『楽しめること』が増えるのが、いい人生。」 「いま何がないかより、いま何があるかで発想しよう。」 「嫌われたら、それ以上の力で好きになれ。」 「自分で自分をあきらめなければ、人生に『負け』はない。」 「あきらめないことだ。一度あきらめると習慣になる。」 「人は何を語るか、だけではなく。『何を語らないか』でも判断される。」 「何を笑うかで人間がわかる。なんでも笑えば人間は変わる。」 「感情で表情が変わる人より、表情で感情を変える人が賢者。」 「失敗を気にしてクヨクヨ落ち込んだり、クドクド言い訳したり、誰かを責めたりするのは、時間のロスでしかありません。」 「大きくても30センチほどのヤマメと、その倍もあるサクラマスが、もともとは同じ魚だということをご存じですか?川での生存競争に敗れたヤマメの一部が、餌を求めて海へと下り、餌が豊富な海を回遊するうちに大型化したのがサクラマスなんだそうです。そのときは負けたように思えても、自分で自分に見切りをつけなければ、人生に『負け』なんてものは存在しません。人と競うのではなく、できることから少しずつ努力を重ね、昨日の自分よりちょっとだけでも成長しようと心がける。そうすれば、いつの間にか、サクラマスのようにグーンと大きくなっているはずですよ。」 「感動こそがストレスに負けない最大の秘訣。そして、長生きのコツでもある。」 「楽観的になりたいなら、客観的になることだ。」 「他人に花をもたせよう。自分に花の香りが残る。」 「だらだらと人生を送っていると、品性の劣った人間になる。」 「人生には無駄なことも損なこともありません。すべての経験があなたの中に積み重なっていくんです。」 「できるだけたくさんの本を読み、美しいものに触れ、思いやりを持って人に接する。当たり前のことを言ってい

ジークムント・フロイトさんの残した言葉【精神分析学の創始者】1856年5月6日~1939年9月23日

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「It is impossible to escape the impression that people commonly use false standards of measurement — that they seek power, success and wealth for themselves and admire them in others, and that they underestimate what is of true value in life.」 (人々が誤った測定基準を一般的に使用しているという印象を逃れることは不可能です。彼らは自分のために力、成功、富を求め、他の人にそれらを賞賛し、人生において真の価値があるものを過小評価しているのです。)    「ほとんどの人間は実のところ自由など求めていない。なぜなら自由には責任が伴うからである。みんな責任を負うことを恐れているのだ。」 「人生は個人にとっても人類にとっても、等しく耐えがたいものである。」 「自ら進んで求めた孤独や他者からの分離は、人間関係から生ずる苦悩に対して、もっとも手近な防衛となるものである。」 「忘れるのは、忘れたいからである。」 「母親から特別に気に入られ育った者は、一生征服者の感情を持ち、その感情がしばしば本当の成功を引き起こす原因になる。」 「愛されていると確信している人間はどれほど大胆になれることか。」 「幸福になる方法は、自分で実験してみなければ分からない。」 「愛情をケチってはいけない。元手は使うことによって取りもどせるものだ。」 「宗教はたとえそれが愛の宗教と呼ばれようと、その外にいる人々には過酷で無情なものである。」 「生きる意味や価値を考え始めると、我々は気がおかしくなってしまう。生きる意味など、存在しないのだから。」 「子供が遊ぶ動機は、『大人になりたい』である。この願望は子供を教育する上で重要になる。」 「あらゆるものの中心に愛を置き、愛し愛されることに至上の喜びを見出せたとき、幸福は訪れる。」 「夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。」 「言い違い、聞き違い、読み違い、書き違いは、受ける側の願望を表わしてる。」 「夢の解釈は、無意識の活動を熟知する王道である。」 「恋に落ちているときほど、苦痛に対して無防

毛利子来さんの残した言葉【たぬき先生】1929年11月27日~2017年10月26日

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「生命とは身体だけではない。その人の存在がまわりの人々にどう思われているか。歴史の人もそうでしょ。」 「病気が一番治らないのは安静にすること。70過ぎたら健康診断はいらない。」 「子供は楽しくなると元気になる。」 「子供は、身体や気持ちを素直に表現する。でも大人はウソをつく。」 「よい親でなくとも子は育つ」 日本の小児科医。子供・障害児に関する著書を多数刊行している。 千葉県生まれ。父は内科医、名前は、詩経の中の「霊台」の箇所に出てくる成語から取られたもの。帝が民の楽しみのために霊台の建設を企てて呼びかけたところ、女子どもまでもがやってきたというくだりから取られたもので、「子どももやって来る」の意。ふつう、「子来」を「たねき」と読んでもらえないので、自ら「たぬき先生」と称している。父親は第二次世界大戦の終了3日前に戦場で拳銃自決。戦時中、岡山県の母方の祖父母に預けられるが、祖父は病死し、祖母も重症の火傷。苦労して、岡山医科大学(現・岡山大学医学部)を卒業。医師になってからは、大阪の社会的に底辺にある人たちの診療所などで勤務。そうした診療所の看護婦をしていた女性と結婚。その後東京に移り、原宿で小児科医院を開業。 幼児・子どもの見方、援助の仕方などについての世間の考え方を正し、そのための啓蒙に力を注ぐ。同様の活動に殉じたヤヌシュ・コルチャックを尊敬しており、NHK・BS「わが心の旅」という番組で、1996年コルチャック先生の足跡を追って、ポーランド、ワルシャワを訪れた彼の旅の記録が放送された。雑誌「小さい・おおきい・よわい・つよい」(ジャパンマシニスト社)の編集者代表、「ワクチントーク・全国」のアドバイザー的存在でもある。友人で、同様の活動を展開している人物に山田真がいる。1987年、『ひとりひとりのお産と育児の本』で毎日出版文化賞受賞。 ルソーの『エミール』に倣った『新エミール』と、その続編で小説仕立ての『エミールとソフィ』なども書いている。

日野原重明さんの残した言葉【医師】1911年10月4日~2017年7月18日

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「人生には無駄というものはないもの。しかし、後にならないと、その意味がわからないということがたくさんあるのです。つらいことでも苦しいことでも、『体験』したことは、間違いなくその人の強みになります。」 「生きていることの意味は自分で探し勝ちとるものです。それがつまり生きがいにつながります。」 「誰しも幸福を望みますが、それを実感することにおいてはきわめて鈍感です。」 「人間が本当に自由になる時代が、人生の最後にくる。」 「最期に自分の生涯を顧みて、自らが生まれてこうなったことは意味があると考えられるように、今日を生きることである。」 「心の良い習慣というのは、表情やしぐさにあらわれる。人の顔つきも習慣なのです。」 「どんな困難に直面しても、『ここから始まるのだ』と、とらえ直すことができれば、私たちはかならず前進できます。」 「かつて自分ができなかったこと、やり残したことを、思い切ってやることが、『夢を叶える』ということなのです。」 「老いた身の一番の不幸は孤独であり、積極的に生きる方向と目標がともに定かでないことである。この孤独は、老いた人間を悲しく沈没させてしまう。」 「自分のためにでなく、人のために生きようとするとき、その人は、もはや孤独ではない。」 「これまでの教育は、出来あがったデータを記憶させる教育であった。困難な問題にぶつかったときに、問題解決が出来るような能力を与えられていない。本当に学ぶべきなのは、問題とどう取り組むか、どういう戦略を立てるべきかということである。学校を出てからも自分で出来るような頭の仕組みを作る。そして、その仕組みに従って生活をし、行動することが必要なのである。」 「何事も、今ある規則のとおりにやっていたのでは進歩はない。規則を破るようなことをやらないと、現状はなかなか変わらない。規則を破ったとしても、皆が応援するような破り方をすればよい。そうすれば、新しい良い規則がずっと早く出来る。」 「鳥は飛び方を変えることは出来ない。動物は這い方、走り方を変えることは出来ない。しかし、人間は生き方を変えることが出来る。」 「人間にとって最も大切なのは、命の長さだと思っている人は多い。しかし、私が出会った人を振り返ってみて、その人の命が素晴らしい命だと思える人においては、ごく少数の例外はあるにせよ、命の長さはあまり問題で

土居健郎さんの残した言葉【精神科医】1920年3月17日~2009年7月5日

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「日本人は一方を極端に愛し、他方を極端に憎むということはあまりしない。その代わり、同一人に対し、陰では悪口をいいながら表向きはお世辞を言うことが社会的に許容され、私には親愛の情を寄せながら公ではつれなく当たることが当然のように受け取られ、アンビバレンス(二律背反)をさばいているように観察される。」 「人間は何ものかに所属するという経験を持たない限り、人間らしく存在することができない。いいかえて、人間はかつて甘えるということを経験しなければ、自分を持つことができない、といってもよいであろう。」 日本の精神科医、精神分析家。東京大学名誉教授、聖路加国際病院診療顧問。東京生まれ。東京帝国大学医学部卒業後、米国メニンガー精神医学校、サンフランシスコ精神分析協会に留学。キリスト教 カトリック教会の信徒であった。

佐々木正美さんの残した言葉【精神科医】1935年8月25日~2017年6月28日

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「親が子どもの『将来のために』と、子どもの『現在』を犠牲にしてしまうのでは、私はいけないことだと思っています。」 「何でも一人でできるようになることが自立だと、勘違いしてしまう。多くの場合、それは『自立』ではなく『孤立』なのです。」 「子どもの話を聞いて、正直に言ったときには『ほんとうのことを言ってくれてありがとう』と喜んであげてください。 お母さんにとってはショックが大きいこと、悲しいときこそ笑顔でこう言います。そして『そんなことをしない人間になってくれたら、もっとうれしい』と伝えます。」 「何をしたいかと考えるより、何をしなければならないかということばかり考えている子が多くなった。子どもは小さい時は、やりたいことを優先することが大事だ。そのことが自主性、主体性、創造性のもとになる。大きくなるにしたがって、自分がやりたいことは我慢しなけれならないことが多くなる。」 「極端なことを言うと親はなくても子は育ちます。でも、友だちがなくては子どもは育ちません。社会的な立場で、他者とコミュニケーションする力をつけるには、『友だちと遊ぶこと!』これ以外にありません。」 「子どもを幸せにするために、いちばん大切なことは何ですか、と聞かれたら、私はこう答えます。それは、自分のことを好きな子どもに育てることです。『自分っていいな』と思いながら毎日を生きている子どもは、それだけで幸せです。」 「子どもにとっての最高のほめ言葉はなんでしょうか。それはお母さんから子どもに対しての『ありがとう』ではないでしょうか。また、自分から『ありがとう』と言ったときに『どういたしまして』と返されることも、子どもにはうれしいものです。」 「過剰期待は拒否と同じことである。子どもの現状に不満を表明していることになるのだから。」 「一人で感動しているのと、本当に親しい友人と感動しあうというのは、まったく意味が違ってきます。友だちというのは、そのために意味があるのです。一人でやるゲーム遊びより、キャッチボールや鬼ごっこという、関係の中での感動です。それが友だちの本当の意味です。」 「自立とは、一人で何かをすることではない。人と共感し合い、強調し合って生きることである。」 「グズグズしてしまうにはそれなりの理由があります。それなのに、『早く!』と言っても行動は早くなりません。『早く!』と言わ

早川一光さんの残した言葉【わらじ医者】1924年1月3日~2018年6月2日

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「医療費の自己負担が大きくなり、払えない人たちが出てくる。お金のあるなしで医療にかかれる人とかかれない人が出てくる。今の政治は格差を作る一方で社会保障は一応の形として国民に見せ、素通りしようとしている。米国なんかの医療に馳せ参じていくのがわかります。」 「元気な医者が病院であぐらをかき、しんどい患者がふうふう言いながら病院まで出かける。それは馬鹿げたことじゃないか。」 「西陣織で働く人たちの体を診て、社会環境が病気を作ることを知りました。」 「本当の医療とは何や。」 ラジオパーソナリティ、医師。2003年まで医療法人「美山健康会」理事長、美山診療所所長として、農村での地域医療に携わった。地道な地域医療を実践していることから、「わらじ医者」と言われている。