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島崎藤村さんの残した言葉【詩人】1872年3月25日~1943年8月22日

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「人の世に三智がある。学んで得る智、人と交わって得る智、みずからの体験によって得る智がそれである。」 「今日まで自分を導いてきた力は、明日も自分を導いてくれるだろう。」 「皆一緒に学校を出た時分──あの頃は、何か面白そうなことが先の方でわれわれを待っているような気がした。こうしているのが、これが君、人生かね。」 「弱いのは決して恥ではない。その弱さに徹しえないのが恥だ。」 「結婚するのに精神の勇気を要するならば別れるのにとっては猶更精神の勇気を要する。」 「親はもとより大切である。しかし自分の道を見出すということは猶大切だ。人は各自自分の道を見出すべきだ。」 「この世にあるもので、一つとして過ぎ去らないものは無い、せめてその中で、誠を残したい。」 「文章を添削することは心を添削することだ。その人の心が添削されない限りは、その人の文章が添削されようがない。」 「ずっと年をとってからの日のために、雪が降ったから茶でも飲みにお出で下さいと言えるような、そういう老後の友達を三、四人つくって置きたい。」 「愛の舞台に上って馬鹿らしい役割を演じるのは、いつでも男だ。」 「すべて、徹底を願うことは、それにともなう苦痛も多い。しかしそれによって与えられる快感は何ものにも見出すことが出来ない。」 「人間のためと言いましても、自分のすぐ隣にいる人から始めるよりほかに仕方がない。」 「寂しい道を歩きつづけて来たものでなければ、どうしてそれほど餓え渇いたように生の歓びを迎えるということがあろう。」 「ああ、自分のようなものでも、どうかして生きたい。」 「病のある身ほど、人の情の真と偽とを烈しく感ずるものは無い。」 「ユーモアのない一日は、極めて寂しい一日である。」 「旅じゃ有りませんか、誰だって人間の生涯は。」 「私たちの不安は、何一つ自発的に働きかけるようなものを持たないで、ただただ受け身の位置にあることを暗示させられるところからくる。」 「生命は力なり。力は声なり。声は言葉なり。」 「わきめもふらで急ぎ行く 君の行衛はいずこぞや 琴花酒のあるものを とどまりたまえ旅人よ。」 「人生は大いなる戦場である。」 「明日は、明日はと言って見たところで、そんな明日は

島崎藤村さんの残した最後の言葉【詩人】1872年3月25日~1943年8月22日

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「涼しい風が吹いてくる。」 (最後の言葉) 日本の詩人、小説家。本名は島崎 春樹。信州木曾の中山道馬籠生まれ。 『文学界』に参加し、ロマン主義詩人として『若菜集』などを出版。さらに小説に転じ、『破戒』『春』などで代表的な自然主義作家となった。