永峰肇さんの残した辞世の句【神風特別攻撃隊】1925年4月1日~1944年10月25日
「南溟に たとえこの身が 果つるとも いくとせ後の 春を想へば」 (たとえ南方の大海にこの身が果てたとしても 何年もの後の春を想えば) (辞世の句) 大日本帝国海軍軍人。 貧しい農家の長男として学費をかけず勉強し、地元では優秀な子として知られていた。1944年(昭和19年)神風攻撃隊敷島隊四番機として出撃、散華。19歳の若さでなくなった。
故人が残した名言を命日毎に振り返ります。 勇気が沸いたり、心が暖まる名言を通して、故人を偲び、敬います。