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西本幸雄さんの残した言葉【悲運の名将】1920年4月25日~2011年11月25日

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「イワシも大群になると力が出る。みんなが心底から力を合わせることによって、何かが可能になる!」 「道のりは遠くとも、目標に向かって進めば、一歩一歩近づくことだけは確かだ。」 「もし、私が本当に悲運なら戦争で死んでいるし、復員してからも野球に再会できたり、大毎・阪急・ここの3チームで素晴らしい選手に巡り合えて、8度も日本シリーズに出場などできない。“悲運の名将”なんておこがましい。敢えて言うなら“幸運な凡将”ですね(笑)」 和歌山県和歌山市出身のプロ野球選手、コーチ・監督、野球解説者、野球評論家。 20年間の監督生活で8度のリーグ優勝を果たしながら、日本シリーズでは1度も日本一に就けず、「悲運の名将」と言われた。ただし西本当人は自分が「悲運の名将」と言われることには否定的で、「もし、私が本当に悲運なら戦争で死んでいるし、復員してからも野球に再会できたり、大毎・阪急・ここの3チームで素晴らしい選手に巡り合えて、8度も日本シリーズに出場などできない。“悲運の名将”なんておこがましい。敢えて言うなら“幸運な凡将”ですね(笑)」と語っている。3つのチームを優勝に導いた監督は、プロ野球史上で西本、三原脩、星野仙一のみである。三原が指揮したのが1リーグ時代の巨人とセ・パ両リーグから1チームずつ(西鉄・大洋)、星野がセ・リーグの中日・阪神とパ・リーグの楽天だったのに対し、西本が指揮したチームはすべてパ・リーグであり、現役時代も含めてパ・リーグ一筋の野球人生だった。