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マリー・アントワネットさんの残した言葉【革命に飲み込まれた王妃】1755年11月2日~1793年10月16日

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「If the people have no bread, let them eat cake.」 (パンがなければケーキ(ブリオッシュ)を食べたら良い。) 「Letting everyone down would be my greatest unhappiness.」 (皆を悲しませることになれば私の最大の悲しみとなる。) 「The king is full of kindnesses toward me, and I love him tenderly. But it is pitiable to see his weakness for Madame du Barri, who is the silliest and most impertinent creature that it is possible to conceive.」 (王は私にとっても優しい。私は王を深く愛しています。だけどデュ・バリー夫人は王の残念な欠点。彼女は考えうる中で最も無価値で失礼な生き物です。) 「Tribulation first makes one realize what one is.」 (苦難に直面すると、まず自分が何者か考えることになる。) 「In times of crisis, it is of utmost importance to keep one’s head.」 (危機の際は、頭を守ることがなにより重要なのです。) 「It is true I am rather taken up with dress; but as to feathers, every one wears them, and it would seem extraordinary if I did not.」 (ドレスに夢中になっているのは事実。だけど私は着なかったけどみんなも着ている衣装も素晴らしいわよね。) 「Of all waste, most blame for it is time consuming.」 (あらゆる無駄の中で、最もとがめるべきは時間の浪費だわ。) 「I have seen all, I have heard all, I have forgotten all.」 (私はすべて

マリー・アントワネットさんの残した最後の言葉【革命に飲み込まれた王妃】1755年11月2日~1793年10月16日

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「pardon me,sir.I did not do it on purpose.」 (許してください、わざとでは無いのです。) (ギロチンに向かう途中で執行人の足を踏んでしまった際に。) (最後の言葉) フランス国王ルイ16世の王妃。フランスの資本主義革命「フランス革命」で処刑された。マリア・テレジアの娘であり、ヨーロッパ史学では「美貌、純情な反面、軽率、わがまま」だったと考えられている。

盛田幸妃さんの残した言葉【奇跡のストッパー】1969年11月21日~2015年10月16日

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「苦難は福門なり」 北海道茅部郡鹿部町出身のプロ野球選手。1994年から1997年までの登録名は盛田 幸希。 現役時代に脳腫瘍に罹患しながら、リハビリにより復活を遂げた。だが、脳腫瘍は生涯盛田に付きまとい、2015年に、45歳の若さで生涯を閉じた。 150km/h以上のストレートと高速シュートを持ち味とした。 厳しい内角攻めを多投することで知られ、落合博満が特に苦手にしていた投手であり、通算50打数9安打(打率.180)に抑えられている。近鉄では変化球でゴロを打たせるスタイルにモデルチェンジし、それがカムバック賞に繋がったと小谷正勝コーチが後年振り返っている。

ダフネ・カルーアナ・ガリジアさんの残した最後の言葉【ジャーナリスト】1964年8月26日~2017年10月16日

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「あちこちに不正を行っている人たちがいる。事態は深刻だ」 (死の30分前にブログに) (最後の言葉) マルタの調査報道ジャーナリスト。 パナマ文書流出によって発覚した、マルタの首相ジョゼフ・ムスカットの妻ミシェル・ムスカット、同国官房長官コンラッド・ミッツィや首席補佐官キース・シェンブリの汚職疑惑を追及してきた。また、2014年から国外の富裕層向けにマルタの市民権および旅券を高額で販売し始めた問題とパナマ文書との関連をとりあげていた。アメリカ合衆国の政治ニュースサイトポリティコは、ガリチアを「2017年最もヨーロッパに衝撃を与えた28人」の1人に挙げた。他方、与野党の政治家は彼女を名誉棄損で提訴していた。 2017年9月初め、自身のブログに「命を脅かされている」と記し、10月には脅迫を受けていると警察に相談し、10月16日、自宅近くで自動車に仕掛けられた爆弾の爆発により死亡した。

故人が残した名言集【10月16日】

ダフネ・カルーアナ・ガリジアさんの残した最後の言葉【ジャーナリスト】1964年8月26日~2017年10月16日 「あちこちに不正を行っている人たちがいる。事態は深刻だ」 (死の30分前にブログに) (最後の言葉) マルタの調査報道ジャーナリスト。 パナマ文書流出によって発覚した、マルタの首相ジョゼフ・ムスカットの妻ミシェル・ムスカット、同国官房長官コンラッド・ミッツィや首席補佐官キース・シェンブリの汚職疑惑を追及してきた。 また、2014年から国外の富裕層向けにマルタの市民権および旅券を高額で販売し始めた問題とパナマ文書との関連をとりあげていた。 アメリカ合衆国の政治ニュースサイトポリティコは、ガリチアを「2017年最もヨーロッパに衝撃を与えた28人」の1人に挙げた。 他方、与野党の政治家は彼女を名誉棄損で提訴していた。 2017年9月初め、自身のブログに「命を脅かされている」と記し、10月には脅迫を受けていると警察に相談し、10月16日、自宅近くで自動車に仕掛けられた爆弾の爆発により死亡した。 盛田幸妃さんの残した言葉【奇跡のストッパー】1969年11月21日~2015年10月16日 「苦難は福門なり」 北海道茅部郡鹿部町出身のプロ野球選手。 1994年から1997年までの登録名は盛田 幸希。 現役時代に脳腫瘍に罹患しながら、リハビリにより復活を遂げた。 だが、脳腫瘍は生涯盛田に付きまとい、2015年に、45歳の若さで生涯を閉じた。 150km/h以上のストレートと高速シュートを持ち味とした。 厳しい内角攻めを多投することで知られ、落合博満が特に苦手にしていた投手であり、通算50打数9安打(打率.180)に抑えられている。 近鉄では変化球でゴロを打たせるスタイルにモデルチェンジし、それがカムバック賞に繋がったと小谷正勝コーチが後年振り返っている。 マリー・アントワネットさんの残した言葉【革命に飲み込まれた王妃】1755年11月2日〜1793年10月16日 「If the people have no bread, let them eat cake.」 (パンがなければケーキ(ブリオッシュ)を食べたら良い。) 「Letting everyone down would be