特攻隊員の遺書 穴沢利夫少尉【恋人へ】

会ひたい、話したい、無性に。 

二人で力を合せて努めて来たが終に実を結ばずに終わつた。
 希望も持ちながらも心の一隅であんなにも恐れてゐた”時期を失する”といふことが実現して了つたのである。
 去月十日、楽しみの日を胸に描きながら池袋の駅で別れたが、帰隊直後、我が隊を直接取巻く状況は急転した。発信は当分禁止された。転々と処を変へつゝ多忙の毎日を送つた。
 そして今、晴れの出撃の日を迎へたのである。便りを書き度い、書くことはうんとある。
 然しそのどれもが今迄のあなたたの厚情に御礼を言ふ言葉以外の何物でもないことを知る。
 あなたの御両親様、兄様、姉様、弟様、みんないい人でした。
 至らぬ自分にかけて下さつた御親切、全く月並の御礼の言葉では済み切れぬけれど「ありがたうござゐました」と最後の純一なる心底から言つておきます。
 今は徒に過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない。問題は今後にあるのだから。
 常に正しい判断をあなたの頭脳は与へて進ませてくれることゝ信ずる。
 然しそれとは別個に、婚約をしてあつた男性として、散つてゆく男子として、女性であるあなたに少し言つて征きたい。
「あなたの幸を希ふ以外に何物もない。
「徒らに過去の小儀に拘る勿れ。あなたは過去に生きるのではない。
「勇気をもつて過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと。
 あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ。
 穴沢は現実の世界にもう存在しない。
 極めて抽象的に流れたかも知れぬが、将来生起する具体的な場面々々に活かしてくれる様、自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。
 鈍客観的な立場に立つて言ふのである。
 当地は既に桜も散り果てた。大好きな嫩葉の候が此処へは直きに訪れることだらう。
 今更何を言ふかと自分でも考へるが、ちよつぷり欲を言つて見たい。
 1.読みたい本
 「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」
 2.観たい画
 ラファエル「聖母子像」、芳崖「悲母観音」
 3.智恵子。会ひたい、話したい、無性に。
 今後は明るく朗らかに。
自分も負けずに朗らかに笑つて征く。
穴沢少尉には智恵子さんという婚約者がおられた。二人は昭和16年にそれぞれが学生であったときに知り合い、交際を始めた。当時、学生同士の恋愛ははしたないものと言われていたそうである。二人の間は本当に純粋な愛情で強く結ばれていた。それは穴沢少尉の手紙から読み取られる。

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