故人が残した名言集【2月3日】
伊佐千尋さんの残した言葉【ノンフィクション作家】1929年6月27日~2018年2月3日
「ゴルフ上手は、ことば上手。」
日本のノンフィクション作家。画家・八島太郎の息子で、マコ岩松は異母弟。 東京都生まれ。沖縄県立二中卒業。浦和高等学校 一年中退。1964年、アメリカ施政権下の沖縄に実業家として在住中、現地人青年四人による米兵殺傷事件の陪審員となり、陪審は致死罪について無罪の評決をした。
三浦朱門さんの残した言葉【作家】1926年1月12日~2017年2月3日
「結婚は恋愛時代にはない要素を、それも素晴らしい要素をつけ加えてくれるが、それに伴う犠牲も要求するのである。」
「老人は手遅れとならないうちに、孫の世代に人生を教えなければならないのである。」
「そのような違いを認めた上で分かち合える共感が本物なので、それは皆同じだから仲良くしよう、といった偽善は友愛ではない。」
「今時の学校の教師が生徒たちに心の教育などができる訳がない。彼ら自身、皆同じ、皆仲良く、と教えられて大人になったのだ。われわれ老人だけが、この世は不公平であることを知っている。一人一人は違うのだし、その歩む人生も違う。」
「ゲートボールクラブを作るくらいなら、老人紳士クラブを作るほうが気がきいている。」
「最低の物質生活と淡々たる心境で真善美を求めることができるのが老人とすれば、老人こそ、まさに十九世紀の英国の紳士の役割を、わが国において担える存在ということになりはしないだろうか。」
「紳士にとって必死になってやるべきことは、一切の打算からはなれて、純粋に倫理的な立場にたつ、ということになる。」
「『故郷は遠きにありて思うもの』という有名な詩があるけれど、親子だって遠きにありて思うものである。」
「生涯の大事業のようにして、家を買うようなことはしないほうがよい。」
「第二の人生に必須なのは、何よりも遊び心なのである。」
「仕事、労働と道楽、趣味との違いは、それを楽しんでやれる心のゆとりがあるか、否かの違いに帰する。」
「第二の人生を歩むなら、第一の人生のことは、忘れるのである。」
「定年がくると嘱託という名前はくれるが、収入は激減する。年金と合わせてどうやら夫婦で暮らしてゆける程度もあれば、有難いと思わねばならない。」
「OLが優しくしてくれるようになれば、男はそろそろ身の振り方を考えたほうがよいのかもしれないのである。」
「人間、五十を過ぎる時、背広を新潮しようとするなら、果たしてこれは本当に必要なのか、自らに問いただす必要がある。」
「自分の引き際を決める、ということは、それまでの時間、お茶を濁していればよい、という意味では絶対にない。それまでは全力投球をするのでる。野球でもリリーフはリリーフとしての使命がある。」
「老人は働く必然のある間は従来通り社会的活動を続けるべきではあるが、その際、常に身を引くべき時を考えねばならない。」
「男は四十にして老いに志し、五十にして、老いの設計をせねばならない。」
「究極において頼りになるのは、体力と生活のための技術だけなのだ。」
「人間には未来を予測する能力がないことを言っているのである。確かなのは現在だけである。今日の貯金は、明日は紙切れになるかもしれない。それが歴史というものだ。」
「女性は他人の非には敏感だが、惚れた欲目というより自分の延長なのだろう。彼女がどんなに叱りつけても、罵っても自分の子供、自分の夫には寛大である。」
「すべての女性はダラシガナイのである。それは金にルーズだとかいう特定の問題でなくて、すべての分野にわたる。ただ、彼女らは自己反省型ではなく、他罰型である。」
「若くありたい、と思ったのではない。老人になっても能力のある老人でありたいと思ったのである。」
日本の作家。 日本大学芸術学部教授、文化庁長官、社団法人日本文藝家協会理事長、日本芸術院院長などを歴任した。
市川團十郎(12代目)さんの残した言葉【歌舞伎役者】1946年8月6日~2013年2月3日
「うぬぼれには足音がない」
日本の歌舞伎役者。屋号は成田屋、定紋は三升、替紋は杏葉牡丹。日本芸術院会員。本名は堀越 夏雄、俳名に柏莚がある。
福沢諭吉さんの残した言葉【慶應義塾創設者】1835年1月10日~1901年2月3日
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。」
「政治は悪さ加減の選択である。」
「結婚は人生の重大事なれば、配偶の選択は最も慎重ならざるべからず。」
「妊娠中に母を苦しめ、生れて後は三年父母の懐を免れず、その洪恩は如何と言えり。」
「親子だというても、親は親、子は子だ。その子の為に節を屈して子に奉公しなければならぬということはない。」
「家の美風その箇条は様々なる中にも、最も大切なるは家族団欒、相互にかくすことなき一事なり。」
「一家は習慣の学校なり。父母は習慣の教師なり。」
「活用なき学問は、無学に等しい。」
「読書は学問の術であり、学問は事業の術である。」
「人生、万事、小児の戯れ。」
「難きを見て為さざるは、丈夫の志にあらず。」
「浮世を棄つるは、即ち、浮世を活発に渡るの根本なると知るべし。」
「自分の悪かったことに気が付いて改めるというのは立派なことだ。」
「自由と我儘(わがまま)との界は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。」
「私は軽蔑されて侮辱されても、その立腹を他に移して他人を辱めることはドウしてもできない。」
「顔色容貌の活溌愉快なるは人の徳義の一箇条にして、人間交際において最も大切なるものなり。」
「人は、生まれながらに、貴賤貧富の別なし。ただ、良く学ぶ者は、貴人となり、富人となり、そして、無学なる者は、貧人となり、下人となる。」
「賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。」
「ペンは剣よりも強し」
「人は他人に迷惑を掛けない範囲で自由である」
「自ら労して自ら食うは、人生独立の本源なり。」
「社会共存の道は、人々自ら権利をまもり幸福を求むると同時に、他人の権利幸福を尊重し、いやしくもこれを侵すことなく、もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり。」
「学問の本趣意は、読書に非ず、精神の働きに在り。」
「未だ試みずして、先ず疑うものは、勇者ではない。」
「信の世界に偽詐多く、疑の世界に真理多し。」
「人生は芝居のごとし、上手な役者が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。とかく、あまり人生を重く見ず、捨て身になって何事も一心になすべし。」
「一度、学問に入らば、大いに学問すべし。農たらば大農となれ、商たらば大商となれ。」
「空想はすなわち実行の原案」
「学問は米をつきながらも出来るものなり。」
「今日も、生涯の一日なり。」
「人間は、負けるとわかっていても、戦わねばならない時がある。だから、たとえ負けても勝っても、男子は男子なり。勝負をもって人物を評することなかれ。」
「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。」
「進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。」
「行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である。」
「もう一度目が覚めるかな。それとも、これっきり眠ってしまうのかな・・・」
(最後の言葉)「我が人生は楽しかった」
(最後の言葉)日本の武士、蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。諱は範。字は子囲。揮毫の落款印は「明治卅弐年後之福翁」。雅号は、三十一谷人。もともと苗字は「ふくさわ」と発音していたが、明治維新以後は「ふくざわ」と発音するようになった。現代では「福沢諭吉」と表記されることが一般的である。
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