故人が残した名言集【6月23日】
大内延介さんの残した言葉【穴熊党総裁】1941年10月2日~2017年6月23日
「私は全てを失ったように全身に冷汗が流れ、震えていた。それ以後のことは記憶もない。」
「窓外に目をやると、中庭を挟んで対面に明かりの消えてない部屋がある。その部屋が中原名人の部屋であった。名人も眠れない夜を過ごしているに違いなかった。」
「私が升田先生と戦ったときの印象では、一手一手の駒の音に全精神が込められ魂が入っていた。そしその気迫がすさまじかった。」
将棋棋士。2010年、引退。土居市太郎名誉名人門下。棋士番号は86。東京都港区出身。中央大学卒業。
振飛車穴熊を駆使して「怒濤流」と呼ばれた。邪道視されていた穴熊をプロの戦法に昇華させ、「穴熊党総裁」との呼び名がある。
ミスター・ポーゴ さんの残した言葉【極悪大魔王】1951年2月5日~2017年6月23日
「オレはポーゴじゃない。関川哲夫だ。」
日本のプロレスラー。本名は、関川 哲夫。群馬県伊勢崎市出身。元大相撲力士。バックボーンは柔道。
リングネームは、本名の一部から『ミスター・セキ』(Mr.SEKI)。のちに、日系レスラーの大先輩であるグレート東郷にあやかり、『ミスター・トーゴー』(Mr.TOGO)に改名した。
しかし実際には対戦表に『ミスター・ポーゴ』(Mr.POGO)と誤記されてしまう。プロモーターのテリー・ファンクに抗議したが「俺がこの名に命名した」と押し切られてこのまま「ポーゴ」の名を用いるようになった。
リチャード・マシスンさんの残した言葉【SF作家】1926年2月20日~2013年6月23日
「空は、どんな人の上でも青いわ。」
アメリカ合衆国の小説家、SF作家、ホラー小説作家、ファンタジー作家、ウエスタン作家、脚本家、映画プロデューサー、俳優。
優れたストーリーテリング能力を駆使し、ひとつのアイディアを丁寧かつ繊細な描写で語るというスタイルを持つ。映像媒体の脚本でもその才能を遺憾なく発揮し、スティーヴン・スピルバーグの『激突!』(原作と脚本)、『ヘルハウス』(原作と脚本)、エドガー・アラン・ポー原作の『恐怖の振子』、『黒猫の怨霊』、『忍者と悪女』、自作品『Bid Time Return 』の改作脚本版『ある日どこかで』などの映画作品の他 、『トワイライト・ゾーン』や『事件記者コルチャック』などのテレビドラマの脚本も多く手がけている。『ある日どこかで』『ゴッドファーザーPARTII』ではカメオ出演している。
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