坂本龍馬さんの残した言葉【土佐藩士】1836年1月3日~1867年12月10日
「世界の海援隊でもやりますかな」
「しかし惜しい。お前は、不浄の小役人になって上士のあごで使われているような男ではない。天下は動いちょる。同じ死ぬなら竜馬の刃にかかるよりも日本のためになって死なんかい。お前に土佐は狭すぎる」
「天誅というのは聞こえがよいが、暗い。暗ければ民はついて来ぬ」
「人の一生には命題があるべきものだ。おれはどうやら俺の命題の中へ、一あしだけ踏み入れたらしい」
「財政の独立なくては、思想の独立もなく、行動の自由もない」
「業なかばで倒れてもよい。そのときは、目標の方角にむかい、その姿勢で倒れよ」
「何でも思い切ってやってみることですよ。どっちに転んだって人間、野辺の石ころ同様、骨となって一生を終えるのだから」
「義理などは夢にも思ふことなかれ。身をしばらるるものなり。」
「何の志も無きところに、ぐずぐずして日を送るは、実に大馬鹿者なり」
「日本を今一度せんたくいたし申候」
江戸時代末期の志士、土佐藩郷士。 諱は直陰、のちに直柔。通称は龍馬。 他に才谷 梅太郎などの変名がある 。 土佐藩郷士の家に生まれ、脱藩したあとは志士として活動し、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中を結成した。薩長同盟の成立に協力するなど、倒幕および明治維新に関与した。
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