天野祐吉さんの残した言葉【コラムニスト】1933年4月27日~2013年10月20日

「携帯電話は時間を超えた通路になる。」


「必要なのは、ぼくらに見えているはずなのに、ぼくらが見ていない大切な何かに、はっと気づかせてくれるような面白いアイデアであり表現である。」


「『まず、総理から前線へ。』もいいし、そのほうが多くの人に届きやすいとは思いますが、ぼくはどっちかと言うと、『とにかく死ぬのヤだもんね。』のほうが好きです。」


「自己実現という堅苦しい言葉で、高邁なことを考えることは無い。『自分流に楽しく遊ぶ』という考え方が必要なのではないか。自己実現をはかるというのは、好きに遊ぶということ。好きに遊ぶことが一番結果的に自己実現になる。」


「『笑い』を忘れちゃいけない。 こわばった常識や偽りの形式と戦うためにいちばん役立つのは『武器としての笑い』だ。」


「人間のオカシサを、自分のオカシサとして語れる人を、ユーモリストという。」


「広告は詐術です。嘘八百の世界です。 そんな嘘八百で人びとをだまくらかし、それで人びとからうらまれるどころか、“いやあ、面白かったよ”と感謝されるような、そんな能力の持ち主こそ広告の天才と言っていいでしょう。」


「優れたデザイナー達の仕事を見ていると、頭から血が出るんじゃないかと思うくらい考えて、最後は感覚にパーンと委ねる。トータルなプロセスではすごく考えているわけで、色々言葉で考えた果てに、その言語では表せないものをパッと出す。」


日本のコラムニスト。雑誌『広告批評』主宰者、マドラ出版社主。

出身地は東京市足立区(現東京都足立区)。松山一高併設中学(旧制松山中学、現・松山東高)、松山南高卒業、明治学院大学中退後、創元社、博報堂を経て独立し、雑誌「広告批評」を創刊する。広告に対する批評で知られる。

2002年11月から2007年3月まで、中学・高校時代を過ごした愛媛県松山市にある松山市立子規記念博物館館長を務め、2007年4月より名誉館長に就任している。 2000年、65歳のとき31歳下の天野伊佐子夫人と再婚する。朝日新聞の連載コラム「天野祐吉のCM天気図」はまず夫人に読ませ、反応を見ながらより分かりやすい文章に仕上げていた。

1984年の朝日新聞において後に「CM天気図」と改名となる「私のCMウォッチ」を開始。2013年10月16日まで1132回まで連載した。

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