高村光太郎さんの残した言葉【道程】1883年3月13日~1956年4月2日

「私はあなたの愛に値しないと思ふけれど あなたの愛は一切を無視して私をつつむ。」


「女が付属品を棄てるとどうしてこんなにも美しくなるのだろうか。」


「私は老人の首すじのシワを見るときほど深い人情に動かされることはない。なんという人間の弱さ、寂しさを語るものかと思う。」


「老人になって死でやっと解放され、これで楽になっていくという感じがする。まったく人間の生涯というものは苦しみの連続だ。」


「進歩は実に遅く不確かなものです。やがて出しぬけにそれがひらかれます。人は前に出ます。けれども暗中模索の幾年かあとの事です。」


「詩を書かないでいると死にたくなる人だけ、死を書くといいと思います。」


「いくら非日本的でも、日本人が作れば日本的でないわけには行かないのである。」


「日常の瑣事にいのちあれ 生活のくまぐまに緻密なる光彩あれ われらのすべてに溢れこぼるるものあれ われらつねにみちよ。」


「命の糧は地面からばかり出るのぢやない 都会の路傍に堆く積んであるのを見ろ そして人間の生活といふものを考へる前に まづぢつと翫味しようと試みろ。」


「おれは思ふ、人間が天然の一片であり得る事を。おれは感ずる、人間が無に等しい故に大である事を。ああ、おれは身ぶるひする、無に等しい事のたのもしさよ。無をさへ滅した必然の瀰漫よ。」


「わたくし事はけちくさいから一生を棒にふつて道に向ふのだ。」


「人を信じることは人を救ふ。」


「悪魔に盗まれそうなこの幸福を明日の朝まで何処へ埋めて置こう。」


「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る。」


「一生を棒に振りし男此処に眠る。彼は無価値に生きたり。」


「どこかに通じている大道を 僕は歩いているのじゃない。」


「道は僕のふみしだいて来た 足あとだだから道の最端にいつでも僕は立っている。」


「前後のわからないような、むつかしい考えに悩んだりする事がある度に、小父さんはまず足の事を思ってみる。自分がほんとにしっかり立って、頭を上にあげているかしらと思ってみる。」


「重いものをみんな棄てると 風のように歩けそうです。」


「私は人から離れて孤独になりながら あなたを通じて再び人類の生きた気息に接します ヒユウマニテイの中に活躍します すべてから脱却して ただあなたに向ふのです 深いとほい人類の泉に肌をひたすのです。」


「人間のからだは さんぜんとして魂を奪ふから 裸といふ裸をむさぼつて惑溺するのだ。」


「みしらぬわれの かなしくあたらしきみちは しろみわたれり さびしきは ひとのよのことにして かなしきは たましひのふるさと。」


「僕は心を集めて父の胸にふれたすると僕の足はひとりでに動き出した不思議に僕はある自憑の境を得た僕はどう行こうとも思わないどの道をとろうとも思わない。」


「道端のがれきの中から黄金を拾い出すというよりも、むしろがれきそのものが黄金の仮装であったことを見破る者は詩人である。」


「お前の第一の為事は 何を措いてもようく眠る事だ 眠つて眠りぬく事だ自分を大切にせよ。」


「土壌は汚れたものを恐れず 土壌はあらゆるものを浄め 土壌は刹那の力をつくして進展する。」


「こころよ わがこころよ ものおぢするわがこころよ おのれのすがたこそずゐいちなれ。」


「一生を棒にふって人生に関与せよ。」


「見えも外聞もてんで歯のたたない 中身ばかりの清冽な生きものが 生きて動いてさつさつと意慾する。」


「ふり返ってみると自分の道は戦慄に導く道だった。」


「いったん此世にあらわれた以上、美は決して滅びない。」


「愛する心のはちきれた時あなたは私に会ひに来る。」


「つがいい、さうして第一の力を以て、そんな問に急ぐお前の弱さを滅ぼすがいい。」


「心の地平にわき起る さまざまの物のかたちは 入りみだれて限りなくかがやきます かうして一日の心の営みを わたしは更け渡る夜に果てしなく洗ひます。」


「小鳥のやうに臆病で大風のやうにわがままなあなたがお嫁にゆくなんて。」


「予約された結果を思ふのは卑しい。正しい原因に生きる事、それのみが浄い。」


「智恵子は遠くを見ながら言う 阿多多羅山の山の上に毎日出ている青い空が 智恵子のほんとの空だという あどけない空の話である。」


「何という曲がりくねり迷いまよった道だろう。自堕落に消え滅びかけたあの道絶望に閉じ込められたあの道幼い苦悩にもみつぶされたあの道。」


「牛はのろのろと歩くどこまでも歩く。自然に身を任して遅れても、先になっても自分の道を自分で行く。」


「牛は急ぐ事をしない 牛は力いっぱいに地面を頼って行く 自分を載せてゐる自然の力を信じきって行く ひと足、ひと足、牛は自分の道を味はって行く。」


「詩学は詩の屍体解剖である。」


「母を思ひ出すとおれは愚にかへり、人生の底がぬけて怖いものがなくなる。どんな事があらうともみんな死んだ母が知つてるやうな気がする。」


「かぎりなくさびしけれども われはすぎこしみちをすてて まことにこよなきちからのみちをすてて いまだしらざるつちをふみ かなしくもすすむなり。」


「貴様一人や二人の生活には 有り余る命の糧が地面から湧いて出る 透きとほつた空気の味を食べてみろ そして静かに人間の生活といふものを考へろ。」


「私の生を根から見てくれるのは 私を全部に解してくれるのはただあなたです。」


「四方は気味の悪い程静かだ 恐ろしい世界の果へ行つてしまふのかと思ふ時もある 寂しさはつんぼのように苦しいものだ 僕はその時又父にいのる 父はその風景の間に僅かながら勇ましく同じ方へ歩いてゆく人間を 僕に見せてくれる。」


「美は次々とうつりかはりながら、その前の美が死なない。紀元前三千年のエジプト芸術は今でも生きて人をとらへる。」


「新郎と新婦と手を取りて立てり汝等は愛に燃え、情欲に燃え、絶大の自然と共に猛進せよ。」


「五臓六腑のどさくさと、あこがれとが訴へたいから、中身だけつまんで出せる詩を書くのだ。詩が生きた言葉を求めるから文ある借衣を敬遠するのだ。」


「世界がわかわかしい緑になつて青い雨がまた降つて来ます。」


「ああ、自然よ。父よ。僕を一人立ちに指せた廣大な父よ。僕から目を離さないで守る事をせよ。常に父の気魄を僕に充たせよ。この遠い道程のため。この遠い道程のため。」


「自然に向へ 人間を思ふよりも 生きた者を先に思へ 自己の王国に主たれ悪に背け。」


「子供になり切ったありがたさを僕はしみじみと思った どんな時にも自然の手を離さなかった僕はとうとう自分をつかまえたのだ。」


「同属を喜ぶ人間の性に僕は震え立つ 声をあげて祝福を伝える そしてあの永遠の地平線を前にして 胸のすくほど深い呼吸をするのだ。」


「牛は自分の孤独をちゃんと知っている 牛は食べたものを又食べながら ぢっと淋しさをふんごたえさらに深く、さらに大きい孤独の中にはいって行く。」


「詩の翻訳は、結局一種の親切に過ぎない。」


「汝を生んだのは都会だ 都会が離れられると思ふか 人間は人間の為した事を尊重しろ 自然よりも人口に意味ある事を知れ。」


「きれいだなあと思うと 景色がなおきれいになる。」


日本の詩人・歌人・彫刻家・画家。東京府東京市下谷区下谷西町三番地出身。本名は光太郎と書いて「みつたろう」と読む。 日本を代表する彫刻家であり画家でもあったが、今日にあって『道程』『智恵子抄』などの詩集が著名で、教科書にも多く作品が掲載されており、日本文学史上、近現代を代表する詩人として位置づけられる。
著作には評論や随筆、短歌もあり能書家としても知られる。弟は鋳金家の高村豊周であり甥は写真家の高村規。父である高村光雲などの作品鑑定も多くしている。

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